仏山の五つの旧市場町、ゆったりとした商いを今に伝える

広東省の工業都市・仏山市の南海区には、年配の住民がどこか温かい口調で口にする五つの旧市場町が今も残る。大瀝、塩歩、平洲、疊滘、興星だ。高速道路やショッピングセンターができるずっと前、ここは農村の暮らしが自らを組織する場所だった。いま話題になっている地元の旅行記は、これらの町を「ゆっくりとした時間と日々の人間の賑わいの貯蔵庫」と評しており、多くの年配の南海住民にとって、その記憶は子供時代と結びついている。
そのリズムは単純で厳格だった。交通が困難で日々がゆっくり過ぎたため、市場は十日で三回の周期で回り、各町に「大市」の日があり、農村はそれを中心に予定を組んだ。これは村の暮らしで最も待ち望まれる出来事だった。夜明け前、大人たちは竹籠を肩に掛け、子供たちは後を追い、涼しい朝の空気の中、田んぼの間のあぜ道を古い市場の喧騒へと歩いた。その道のり自体が喜びの半分だった、と筆者は示唆する。
南海は密な河川網の上にあり、その地理が町の形を決めた。商品は船で届き、市場は水と陸が出会う場所に生まれた。五つの町はそれぞれ独自の性格と特産を持ち、家族はある町へ農産物を、別の町へ布や道具を、そしてまた別の町へ祭りの品を買いに行くことがあった。数十年のうちに、各市場はそれぞれの歳月と地域の記憶の一角を積み重ねてきた。
この文章が繰り返し立ち返るのは、商いよりもむしろ雰囲気だ。今日これらの場所の魅力は、スーパーにないものを売っていることではない。小さな出会いの密度なのだ。家族を知っている店主、どこにもない軽食、混雑した路地に差す早朝の独特の光。この地域で育った人々にとって、旧市場は、新年の最も強い感覚と子供時代の最も温かい記憶が実際に息づく場所であり、多くを置き換えた高層ビルやモールの中ではない。
郷愁は純粋に感傷的なものではない。中国全土で、歴史ある市場通りは再開発のひな形となっており、都市は古い商業路地を取り壊すのではなく、訪れる価値のある場所に変えようとしている。危険はどこでも同じだ。舞台装置のように復元された市場は、保存する価値があったまさにその人間的な質感を失う。南海の五つの町には、本物の交易の歴史と、かつての営みを覚えている周辺住民という強みがある。
旅行者にとっての魅力は控えめで具体的だ。時間指定の入場や音声ガイドがある目玉観光地ではない。ゆっくり歩き、その朝売られているものを食べ、川辺の町が水と橋を中心にどう配置されているかに気づくことが喜びの働く地区なのだ。最も遅い場所にこそ最も多くの生命があるという記事の枠組みは、あまりに多くをあまりに速く建ててきた国にとって有用な修正である。
五つの町がその質を保てるかどうかは、修復、家賃、どのような事業者が入居を許されるかについて、今なされている選択にかかっている。夜明けの市場通いの記憶は、その選択を導くのに十分新鮮だ。次の世代がその道のりを自分で歩けるのか、それとも読むだけなのかは、まだ見極める必要がある。